女性としての体に向き合うと、最終的に女性としての幸せをつかむことになる

女性としての体は

居心地が悪い

 

月経をどう受け止めるか。

女性としての自分の体をどう扱うか。

煩わしくて、面倒で、つらくて、憂鬱で、女は損をしていて、ないほうがいいと受け止めるのか。

自然な体の現象として、前向きに受け止めるのか。

 

月経の受け止め方は、健康だけでなく女性としての生き方にも大きく影響します。

 

過激なダイエット、醜形恐怖が引き起こす厚化粧、安易な性交渉などのいびつな行動が、年代を問わず、多くの女性に見られます。

 

月経が止まってもなおダイエットしたり、素顔がわからないほどメイクしたり、収入に見合わない遊びや買い物をしたり、会ったばかりの男とすぐに恋に落ちた気分になってセックスしたり、極端な行動に走るのに学歴やキャリアは関係ありません。

 

古くは東電OL殺人事件。

最近では、詐欺の疑いで逮捕された女医。

エリートと称される女性たちにも、夜は娼婦になって道端で用を足すなど奇行を見せたり、過剰にメイクをしてホスト遊びをしたり、遊ぶ金欲しさに犯罪に手を染めたりしています。

彼女たちは、幼い頃から優等生で、勉強に励み、社会人になってからは猛烈に仕事をしたと予想します。

受験などの競争を勝ち抜くために、月経はお荷物だったのかもしれません。

 

また、エリートかどうかは関係なく、初潮を迎えたときに母親から「あなたも面倒なことが始まったわね」とため息をつくようなコメントをもらったり、ちょっと機嫌が悪いと家族から月経のせいじゃないかとからかわれたり、月経に関してマイナスのイメージを刷り込まれた可能性もあるでしょう。

 

女性としての体は居心地が悪い。

だから自分の体に向き合えていない女性は多いのかもしれません。私は仕事を通してそのように考えるようになりました。

 

「生む性」としての体に

向き合えない

 

私が女性の体について考える大きなきっかけになったのが、ある産婦人科医への取材でした。

女性の人権を守るための活動もされていた女医で、4年前にお亡くなりになりました。

取材テーマは子宮筋腫

私もライターも「手術をしなくても、セルフケアで乗り切れる」という内容を期待していたのですが、まったく違う回答でした。

「痛み止めやサプリメントなどを飲んだりしてごまかしてはいけません」「筋腫として切除した組織を検査すると、すべて良性とは言えないんです」「子宮を摘出するかも含めて検討し、女性としての自分の体に向き合うべきです」といったお話。

 

当時私は30代で結婚していましたが、出産について何も考えていませんでした。

「そのうち、まあいつか」と思っていたのですが、産婦人科医からは「いつでも生めると思っていたら、それは間違いですよ」というような話になりました。

 

私とライターは「先生のお考えだから仕方がない」とそのまま記事にしたのですが、まず、同僚の女性編集者が読んで「内容がポジティブではない」と不快感をあらわにしていました。

そして読者からの評判もよくなかったことを覚えています。

それもそのはず。多くの女性は次のような記事を期待していたでしょう。

○筋腫は良性の腫瘍だからセルフケアでなんとかなる。

○筋腫が見つかっても手術は不要。

○子宮の摘出なんてとんでもない。

実際の記事は期待を裏切る内容であるうえ、妊娠・出産のモラトリアムに対してNoを突きつけているのです。

 

私だけでなく同僚も妊娠・出産のモラトリアムを抱いていたようですが、なぜ先延ばしにしたかったのでしょうか。

仕事が忙しい、もっと旅行などを楽しみたいなど理由はいろいろ挙げられますが、生む性としての自分の体と向き合えてなかったと今は思います。

 

私も同僚も、子どもの頃は勉強をがんばり、就職活動を必死に行って仕事を得ました。

そしてヒットを出すように仕事に励みながらも、毎晩のように飲み歩いていました。

飲み屋で男性と一緒になれば、自分たちの仕事内容をおもしろおかしく話して、魅力的に見えるように懸命だったと思います。

ただお酒を飲んでも太りたくはないので、ダイエットが日課でした。

仕事ができたほうがいいし、話はおもしろいほうがいいし、見た目は少しでもほっそりして女らしいほうがいい。

いつもがんばっている私たちとって体はこき使うものであって、子どもを生むためにあるという感覚はまったくありませんでした。

 

世の中はまだまだ競争社会です。

見た目や能力を競い合ったり、たくさんのお金と物を所有しようとしたり、数多くの異性にモテようとしたりすることが当たり前という風潮の中で、「生む性」は面倒くさいものなのかもしれません。

 

他人からの評価を得るために

自分の快・不快をマヒさせる

 

食に興味がない、いつも食欲がない、食べたくないという感覚は、「やせたい」「やせなければ」という観念で知らぬ間に食欲を押さえつけている結果かもしれません。

 

私の高校時代には、おにぎり1個も食べ切れず「おなかがいっぱい」と話す女子がいました。加えて、うどんなどに唐辛子をこれでもかとかけて、真っ赤な汁をすすっている女子もいました。異様な光景を見た気がしたものです。

 

前者は太りたくないから食べない、後者は唐辛子のカプサイシンが脂肪燃焼に効果的ということから、やはり太りたくないので激辛にするという行動が生まれたのだと思います。

そして、こうした行動をするために「いつも食欲がないのは私にとって自然なこと」「私は激辛が大好き」と後から理由づけをしたのではないでしょうか。

 

体質や体調、気分で食べられない・食べたくない場合もあるでしょうし、腹八分目や少食はむしろ望ましいことです。

ただ、食べない女子やカプサイシン女子には、体質や体調ではなく「やせたい」という強い観念で体の欲求も快・不快もマヒさせている印象があります。

 

体の欲求とは、変化させて循環させること。

疲れっぱなし・眠りっぱなし・おなかが減りっぱなし・おなかに食べ物が入りっぱなし・老廃物がたまりっぱなしという「~ぱなし」を解消することを体は求めています。

そして、体の欲求を満たすことは生命活動の維持にもつながるので、幸福感が得られるように体はできているはずです。

 

疲れた後にぐっすり眠って、朝の目覚めが気持ちいい。

トイレに行った後は、体がスッキリする。

食事の後は、体が温かくなって心地いい。

子宮の内膜が厚くなった後、内膜がはがれて月経血として体の外に排出される月経も、変化させるという欲求を満たすという点で気持ちがいいものなのでしょう。

 

見た目がかわいい、やせている、スタイルがいい、男性にモテる、頭がいい、あこがれの職業に就いている、お金に困っていない、ブランド物で全身を固めている……

こうした条件で得られるのは、脳内の幸せ。

脳内の幸せは、実は自分自身ではなく、ほとんどが他人の評価によって得られています。

 

月経が始まる多感な時期は、他人の目などをひどく気にしがちです。

だからこそ、脳内の幸せではなく、自分の体から湧きだしてくる幸福感を強く意識して、バランスを取ってほしいのです。

タイムマシンがあれば、高校時代に戻って食べない女子やカプサイシン女子に、体からの幸福感について伝えたいと思ってしまいます。

 

高齢になって

再び向き合う「生む性」

 

女性たちにとって月経は面倒くさいものであり、閉経に対しては「女じゃなくなる」とネガティブにとらえているケースは少なくありません。

 

こうしたマイナスイメージは、日本だけのようです。津田塾大学三砂ちづる教授の著書『オニババ化する女たち』によれば、ブラジルアマゾンに住む先住民族は、女性は閉経すると「これでもう妊娠しないから、気にせず性生活を楽しめる」と喜ぶそうです。

同じ傾向が欧米人にも見られ、「避妊の手間からの解放」「もっと自由に性生活を楽しめる」とポジティブにとらえると、エリカ・アンギャルさんもインタビューで語っていました。

こうした性文化の違いが、性生活にも反映されているのでしょう。

加えて、日本には「女性が性欲を持つのは恥ずかしいことだ」という偏見もあります。 性欲は、睡眠欲と食欲とともに人間の3大欲求とされていますが、女性の場合は性欲を肯定しにくかったことから、性生活を楽しめないのではないでしょうか。

 

高齢になれば性欲が減退することが、自然の流れである」といった見方はあるものの、人生100年時代が来つつある中で、女性が閉経を迎える45~55歳で性生活をストップさせるのは寂しいことなのかもしれません。

 

「骨盤ぐるぐる」で骨盤周囲の筋肉に刺激を与えたり、骨盤底筋をトレーニングしたりすることは、性機能を上げるだけでなく尿失禁、子宮、膣、直腸などが本来の位置から移動する「骨盤臓器脱」を防ぐ効果もあります。

女性であり続けようと心がけることが、健康維持にも役立つのです。「年齢を重ねても女として楽しめるし、閉経すればもっと性生活が自由になる」と意識を変えるのはいかがでしょうか。

 

これからは女性の体であることが

幸せに感じられる時代に

 

三砂教授の研究テーマの1つに、日本の出産事情の変化があります。

高度成長期に入って核家族化が進むと同時に、出産の場が自宅・助産院から病院へと変わったのだそうです。

昔は家族に囲まれて出産していたのが、病院で孤独に陣痛に耐えながら出産するようになったとのこと。

当時はベビーブームで病院スタッフの手も回らず、産後のケアも行き届きませんでした。

さらに、核家族化した自宅で母親たちは孤独に子育てし、同時に女性の社会進出も進んでいたことから、出世して華やかな活動をする女性たちを羨望していたようです。

 

現在の40~50代の女性たちの母親は、社会変化の中で、「生む性」としての自分の性を喜べなかったのではないでしょうか。

そんな母親に育てられたために、「女は損」とマイナスメッセージを受け続けることになった女性は少なくないでしょう。

加えて「私はあなたを育てたせいで活躍できなかったんだから、あなたは出世しなさい」などと、プレッシャーを与えられたこともあるかもしれません。

 

しかし、時代は変わりました。

少子高齢化が進んだことで、「生む性」に手厚い保護が受けられるようになっています。

 

そして見た目や能力を競い合ったり、たくさんのお金と物を所有しようとしたりするのが、古臭い価値観になりつつあります。

競争よりも共存、所有よりもシェアが「かっこいい」ととらえられているわけです。

 

そして寿命が長くなり、人生100年時代に入って、年齢を重ねても女として楽しむことが当たり前になるでしょう。

50歳はまだ折り返し地点。

過去のマイナスイメージやプレッシャーは捨て去りませんか。

女性としての体に向き合うことが「自分らしさ」につながり、最終的には女性としての幸せをつかむことになるのです。

 

『女性の体の知恵』では会陰マッサージについて記述しています