『女の子のからだの知恵』 コラム 「出産神話」と「母性神話」

 お母さんに絶えずイライラをぶつけている女の子、スマホをずっといじっている女の子、「すべてが面倒くさい」という雰囲気を出している女の子など、さまざまな女の子に私は出会ってきました。

 思春期。
 これまではなにも感じなかったことで腹立たしくなったり、親ではない人から情報をもらいたくなったりすることがあるのではないでしょうか。

 少し気になるのが、情報が簡単に手に入る時代で、混乱や激しい思い込みにとらわれてしまった女の子がいるかもしれないということ。

 「赤ちゃんは、お母さんを選んで生まれてきた」
 「赤ちゃんは、お母さんの人生の輝き」
 「生まれてきてくれて、ありがとう」

 今、「出産神話」や「母性神話」がベースになったメッセージが、世の中で乱発されている印象があります。
 出産神話とは「女性にとって出産とは幸せいっぱいの感動的な出来事」という思い込み。一方の母性神話は「育児に喜びを感じる母性が、女性には生まれつき備わっている」 「出産すれば女性の誰もが赤ちゃんをかわいいと思って育てる」という思い込みです。

 私が観察してきた中では、出産神話や母性神話に関するメッセージは、子育てにあまり貢献しなかったおじちゃんたちが発していました。
 父親になりたての頃、赤ちゃんが夜泣きしてもグーグー寝ている。「ぼくには仕事があるから」と女性にばかり負担をかける。夜は飲み会。家に帰って愚痴の一つも聞こうとしない……そんなおじちゃんばかり。 
 全員がそうだとは言いませんし、おじちゃん自身が自覚していない可能性もありますが、基本的には「感動させて、泣かせて儲ける」という商業目的でメッセージを出していました。
 表現の自由は保証されていますが、おじちゃんたちの現実を知っている私は違和感を覚えてしまいます。

 出産神話や母性神話を創作しているおじちゃんたちとは違って、お母さんたちの場合、夜泣きや離乳食、トイレトレーニングと次々にタスクが現れ、保育園の申し込みでキリキリしたり、小学校に行けば学童保育やPTAで悩んだり、子どもの成長に合わせてどんどん違うステップに進んでいきます。
 そのため、お母さんたちは出産神話も母性神話も「私は今、それどころではないんです」などとスルーするのかもしれません。

 神話の中でのお母さんと、現実のお母さんとの間には、大きなギャップがあります。

 そのため、思春期の女の子たちが出産神話や母性神話の情報に触れたときに、「私のお母さんは私を愛していないかもしれない」「こんなお母さんは嫌だ」と悲しくなったり、失望したり、拒絶したりしてしまわないか、私は少し心配しています。ですから、出産神話も母性神話も感動的ですばらしい物語ではありますが、これらが成立した背景を伝えて女の子をガッカリさせてしまおうと思ったわけです。

 もう一つ、両親が不仲だったり子どもに暴力をふるったりする場合、「私が選んできたのだから、今の境遇を受け入れなければならない」と誤解しないでください。親の性格や言動に、子どもが責任を感じる必要はまったくありません。

 子どもが生まれてくる家を選べないように、親だって子どもは選べません。どんなに努力しようが、どんなに心を配ろうが、子どもは親の思いどおりに成長しないわけです。

 結局は、親と子の間に欠落した部分があるから、どちらも生きにくさを抱えているのではないでしょうか。ぽっかり開いた穴は、おじちゃんたちが作った出産神話や母性神話といった情報では埋められません。とりわけ女の人は、そんなに簡単な生き物ではないのです。生む性として生まれてきた女の子としてのからだを大切にしながら、からだの内側から発せられる声にじっくりと耳を傾けて、一生をかけて考える課題だと、生きにくさについては思っています。

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女性の体の知恵